当ページでは、良く言われる閑話(むだばなし、雑談)ではなく、
私自身がお寺の住職の一人として、日頃感じたこと、見たもの等…について
感話(感じたままをお話し)させて頂こうと思っております。
ご感想などございましたら、お気軽にお聞かせ頂ければ幸いです。
合掌  南无阿弥陀佛

 
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人は皆死亡率100%
学び

無常のいのち2  10月28日

 

人は、他人の死を見て、悩み、嫌い、避ける。しかし、私もまた、死から逃れられないことに気づいたとき、私の生存のほこりは全く消えうせてしまった。」(『中阿含経』第56巻〈大正大蔵経1巻776頁〉)というのです。
 私たちは、人間であるかぎり老い、病み、死ぬものであることを知っています。しかし、この私がそうなることを真剣に考えようとはしません。むしろ考えることを避けているといってもいいでしょう。これは自分のこととして考えるのが、恐ろしいからです。
 若い日のお釈迦さまは、そのことに気づいて、それを超過する道を、求められたのでした。
 私の「いのち」は、明日をも知れぬ、無常の「いのち」です。
 きびしいけれど、この現実をはっきり見きわめなければなりません。
 では私の「いのち」が、そのような不確かな、無常の「いのち」であるならば、かぎりある人生をどのように生きていくかが、問題となるでしょう。それを教えてくれるのが、佛教であり、お念佛なのです。
 お互いに、「生まれてきてよかった」といえる人生を送りたいものです。
合掌 南无阿弥陀佛
 
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