当ページでは、良く言われる閑話(むだばなし、雑談)ではなく、
私自身がお寺の住職の一人として、日頃感じたこと、見たもの等…について
感話(感じたままをお話し)させて頂こうと思っております。
ご感想などございましたら、お気軽にお聞かせ頂ければ幸いです。
合掌  南无阿弥陀佛

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み教えを聴いていくと本当の

わが身を知ることができる

学び

この私の身体で佛法を聴いていく  11月25日

 

浄土真宗は法(みのり)を聞くということを、なによりも大切なことだと教えます。法を聞くことによって、私たちは自らの恥かしい姿を知らされると同時に、このような私に慈愛をそそぎ、救わずにはおられないと願い続けておられる、阿弥陀如来さまの存在を知らされるからです。
 私のかたくなで、みにくい心をくずして、素直に佛さまの言葉が耳に入るようになるには、何度も何度もくりかえし、み教えを聞いてゆかなければなりません。一生涯が聞法です。そうして、この煩悩だらけの私も、阿弥陀如来さまの大きな慈悲の中に、いだかれていると気づかせていただくとき、素直に、「南无阿弥陀佛」とお称えさせていただけるようになります。
 忙しい日常生活の中で、なかなか佛法を聞く機会を見いだしにくいかもしれませんが、努めてみ教えに触れ、わが姿を反省していきたいものです。
合掌 南无阿弥陀佛
 
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