当ページでは、良く言われる閑話(むだばなし、雑談)ではなく、
私自身がお寺の住職の一人として、日頃感じたこと、見たもの等…について
感話(感じたままをお話し)させて頂こうと思っております。
ご感想などございましたら、お気軽にお聞かせ頂ければ幸いです。
合掌  南无阿弥陀佛

 
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あらゆる仏さまに護られている

この私

学び

称えさせられているお念佛  12月5日

 

 お念佛は、たしかに私の口から流れでています。しかし、それは決して私の煩悩のこころから出たものではありません。「お願いだから私の名を称えておくれ、必ず浄土へ生まれさせる」と誓われた阿弥陀如来さまの、お慈悲のご本願からでてきたものです。
 ちょうど水道の蛇口から出る水は、遠く水源地から水道管をつたって届けられるように、お念佛は阿弥陀如来さまの願い(ご本願)から出て、お釈迦さまや祖師がたのみ教えをとおして、私のところまで届いてくださった、阿弥陀如来さまの願いの結晶なのです。それゆえご本願のお念佛というのです。
 浄土真宗の中で、とくに信仰の深い人を「妙好人」と呼びますが、その妙好人の一人、石見(今の島根県)の善太郎さんは、お寺の梵鐘がなると、田畑で仕事をしていても「はいはい、これからお参りさせていただきます」と返事をされたそうです。善太郎さんにとっては、見るもの聞くもの、一つひとつのできごとが、阿弥陀如来さまや親鸞聖人からの、お念佛のおすすめであったのです。
 思えば阿弥陀如来さまをはじめ、あらゆる佛さまや祖師がたにとりまかれ、お念佛のすすめの真ん中に、今、私は、あるのです。
合掌 南无阿弥陀佛
 
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